印鑑の起源と日本における歴史について

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印鑑は、それぞれの家庭に必ず1本はありますし、折に触れて書類に捺印することがある身近なものです。最近は印鑑の使用を廃止する動きがありますが、美術的な価値も評価されており、今後の動向が気になるところです。

そこで今回は、日本人にとって馴染み深い「印鑑」の歴史について、その起源から現代までの流れを紹介します。

最初に印鑑が生まれたのは古代メソポタミア

印鑑のもともとの起源は、時代をさかのぼっていくと、紀元前5000年頃の古代メソポタミアにたどり着きます。メソポタミアは、現在の中東地域であり、原始的な形のものがその地域の遺跡から発掘されています。当時の印鑑は、粘土板に押すためのもので、スタンプ型や円筒型(転がして使うタイプ)がありました。

そして紀元前3000年頃になると、古代エジプトでも印鑑が使われるようになり、それ以降、認証や、権力の象徴などの広い用途で使われるようになりました。さらに紀元前2600年~1800年頃のインダス文明(現在のインドを中心とした地域)でも普及し、現在大量に当時のものが発掘されています。

その後、印鑑はシルクロードを通って中国に伝わったのですが、時期としては紀元前4世紀~5世紀頃の戦国時代初期とされており、古代エジプトやインダス文明と比べるとかなり遅いと言えます。中国では、秦や漢の時代になると印鑑の制度が整備されていき、紙の普及に伴って、紙に押すタイプに変化していきました。

その後、印鑑は日本に伝わっていくのですが、ここまでで既に5000年もの時間が流れていることを考えると、印鑑にも長い長い歴史があることを感じさせられます。

日本最古の印鑑は「漢委奴国王」の金印

日本に初めて印鑑が伝わったのは、紀元後の57年だったとされています。それは中国から送られた「漢委奴国王(かんのわのなのこくおういん)」であり、歴史の教科書にも載っているため、写真などで目にしたことがある人も多いかもしれません。

「漢委奴国王」は、金でできていることもあって金印と呼ばれることも多く、黄金に輝く姿がとても印象的です。金印が出土したのは1784年(江戸時代)の九州であり、1954年に現在の文化財保護法によって国宝に指定されました。

だだし金印については、偽造説もあるため、いまだに謎の部分も多い印鑑だと言えるでしょう。また、印鑑に関する最も古い記述としては、「日本書紀」が知られており、692年に持統天皇へ木印を奉ったことが記されています。

他にも「日本書紀」には、紀元前の88年に崇神天皇が将軍に印を与えたという記述がありますが、これは後の時代に施された脚色だろうと考えられています。

飛鳥時代から戦国時代まで

日本で、印鑑が本格的に使用され始めたのは、大化の改新の後、701年(飛鳥時代末期)に制定された大宝律令からだと言われています。大宝律令が制定されると、それと同時に官印も導入され、公文書に使われるようになりました。

しかし当時は、公文書の一面に印が押されるというサイズの大きなもので、一辺が6cm~8cm程度もありました。ですが、時代とともに簡略化されるようになって、平安時代後期~鎌倉時代には、花押(署名の代わりに使われる記号のようなもの)で済ませるようになります。

そのため、印鑑はあまり使われなくなっていくのですが、室町時代になると、中国の宋からやってきた僧侶を通じて、書画に印鑑を押すという用途が伝わって、再び印鑑を使う習慣が復活します。

この習慣は武家社会にも浸透していき、戦国時代になると、花押を書く手間をなくすという目的で、大名の間で交わされる文書に使われるようになりました。

その例としては、織田信長が用いた「天下布武」の印が有名でしょう。このように印鑑は、ずっと揺ぎなく使われ続けていたわけではなく、一度廃れかけた歴史もあるという点が、とても興味深いと言えます。

日本の印鑑文化が確立した江戸時代と、明治時代

江戸時代に入ると、行政文書だけでなく私文書にも印鑑を押すという習慣が広がりました。そして実印を登録する制度ができていったのもこの時代であり、現在まで続く印鑑登録制度の起源にもなっています。江戸時代における印鑑は、命の次に大事なものとされるほど重要な位置づけになっており、財産を保証するために必要なものとして大切に扱われるようになりました。

世界的に見ても珍しいとされる日本独自の印鑑文化は、このように印鑑をことさら重視する江戸時代に確立したと言われています。しかし明治時代に入ると、文明開化の波によって、印鑑使用を見直す動きが起こります。当時の日本が手本にしていた欧米諸国では、印鑑ではなく署名が当たり前だったので、これまでの日本の印鑑文化は悪習とされたわけです。

そのため、明治政府は欧米にならって署名制度を導入しようとしたのですが、事務作業が煩雑になることや、識字率が低かったことを理由に反対意見も多く起こりました。その後、議論した結果、記名押印の制度ができ、欧米にならった署名制度は結局見送られてしまいました。

また、印鑑登録の事務を市町村が行うという体制も確立したのも明治時代であり、それが現在まで続いています。

印鑑をとりまく現在の状況

現在の日本でも、印鑑を使う習慣は続いていますし、さまざまな場面で書類に押す機会があります。しかし一方で、インターネットの普及や、ペーパーレス化によって、電子署名が推進されているという動きもあります。それに最近は、国の大臣によって行政手続きでの印鑑使用を原則廃止にする方針が示されたことが、大きな話題になりました。

そのため、今後は印鑑の使用が少なくなり、商品としての印鑑の需要も減っていくことが予想されます。

しかし、印鑑には文化的な価値や、美術的な価値があると言えますし、日本独自の文化ということで外国人観光客のお土産としても人気があります。

ですので、今までのような実用性はなくなったとしても、書画に押す落款など趣味のアイテムや、お土産物として印鑑は生き残り続ける可能性があると言えるでしょう。

印鑑には長い歴史があった

印鑑は、古代メソポタミアが始まりで、中国へ伝わったあと、日本に初めてもたらされました。本格的に印鑑が使われるようになったのは飛鳥時代末期からで、一度は廃れかけましたが、戦国時代にまた復活します。日本独自の印鑑文化が確立したのは江戸時代であり、その後、重要視されてきましたが、現在では印鑑使用が廃止される動きがあります。